自分の家に
誰も入れたくない。
自分の部屋には
入ってほしくない。
ケータイを
見られたくない。
自分だけの時間を
必ず確保したい。
ある一定の距離より
近づいて欲しくない。
これは、
僕が考えていることではなくて、
一般的によく耳にする
自分が守りたい“テリトリー”についての
例えなのですが、
人と『テリトリー意識』について
話をしていたとき、
僕自身のテリトリー感覚が
格段に低いということがわかりました。
最近は頻度が減りましたが、
自宅でパーティーをよくするんです。
そうすると、
見ず知らずの人も参加してくるし、
50代や小学生、赤ちゃんなど、
もうね、訳がわからない状態になってくる。
床にワインをこぼされようが、
子供が走り回ろうが、
引き出しを開けられようが、
とりあえず楽しければ
それでよくって、
また次回も、
新しい仲間になる人が
集まってきたらうれしいなぁ、、、なんて、
それくらいしか
考えてなかったりするんですよね。
しかーし!
実際は、多くの人が
別の感覚を持っていて、
毎日の生活の中で、
“自分のテリトリー”を
ちゃんと守って、
ちゃんと確保して、
そういう生活を
持っているんです。
そのテリトリーがあるからこそ、
怒ったり、悲しんだり、
笑ったり、喜んだりといった、
気持ちを噛みしめたり、
セーブしたり、納得したり、
することができる。
敷居がとても低い僕は、
たまにそれに気がつかず、
強引になってしまうことがあります。
自分のテリトリーと
相手のテリトリー。
ちょっと自分を戒めて、
人のことも意識できるよう、
それぞれの“テリトリー”について、
もうちょっと考えてみようかな。
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