突然ですが、
皆さんが学生時代に、
クラス替えがあったとき、
新しい友達に、
自分から声をかける派でしたか?
声をかけられる派でしたか?
久々にゆっくりと
チュラスタッフと
意見交換をしていて、、
この時代の資質って、
今の時代にも通じる
ものかもしれないなぁってね、
感慨深げに語っていたのです。
僕はどうだったかなぁ?
今じゃ、
幅広い世代や層の人と
話ができるように
なれたのではないかと
思ってはいるんですけどね。
子供のころは、
基本的には、
人見知りがあったような
気がするなぁ。、
子供のころは、
授業中にイスの上に立って、
先生を困らせていた子だって
母親が言っていたなぁ。
で、
今回のテーマでもある
“声をかける派”か、
“かけられる派”について、
気にしなければいけないのは、
自分自身が、
人生のどの時点で
“声をかけたり”、
“声をかけられたり”
できるようになったのか
ということだと思うんですけどね。
本人が
生まれ持って備えている
資質がどちらなのか。
そして、
親の育て方や
兄弟とのかかわり方は
どうだったのか。
自分自身の成長の中で
大きく影響される
これらの2つのポイントを
見返すことから
いろいろなことが
わかると考えられるんです。
つまり、家庭の中で
自分自身がどの役回りを
負ってきたかが、
大人になったときに
大きく大きく影響しはじめるということ。
例えば、
年下の弟を世話をする
お姉ちゃんだったとか、
おしゃべりな母親のトークに
いつの間にか負けない会話が
できてしまっていたとか、
3人兄弟の真ん中で、
勝気な上と、人見知りな弟に
気を使いながら大きくなったとか。
自分が望む望まないに関わらず、
いつの間にか“声をかける能力”を
身につけている人からこそ、
人に声をかける免疫ができはじめ、
大人になっても“声をかける”ことが
できたりするんですよね。
僕自身が、
“声をかける”人間なので、
自然に“声をかけられる”雰囲気を持った人が
ちょっぴりうらやましかったりします。
放っておけない人とか、
仲良くなりたい雰囲気を持っている人とか、
そういう人に今からなりたい!
ということではないけれど、
自分に持っていない魅力を持っている
“声をかけられる”人に
思わず憧れちゃったりするんですよね。
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